大きな話へ

今年の大学院の塚授業のテーマが「都市農業」についてだったことについて、これまでの傾向から完全に一線を画しているぞと感じた。最終的なものがどうなるかは全く別問題にしろそこには大きな物語が含まれているもしくは非常に含まれやすいテーマであるからだ。
これまでの問題、例えば社会性とか履歴とかトライブとか、これらはベクトルを持たないもしくは新たにつくりだしにくいテーマである。農業の場合は生産という社会における必然行為であるがゆえ潜在的にベクトルを持っている。これは例えば教育とか居住とかでも同様である。
このベクトルの方向がどっちを向いていようとそれはただちにそれ以前の塚授業がまとめてきたことに対するカウンターとなりうるなと思った。
大事なのはそのベクトルの方向を最初に決定してしまわない手法であって、このとき潜在的なベクトル=大きな物語は小さな物語に分解されうるのではないか。
常に小さな話をしてきた人が一見大きな話を小さく見ていくとどうなるのか。そこに僕は非常に関心を持って見ている。