さよならドイツ

 ふわっという浮陸感と共に後輪がドイツの大地を離れるのを感じて、僕の1年間に渡るドイツ生活は終わりを告げた。僕は響き渡るエンジン音の中、また必ず戻ってくるよとドイツ語でボソっとつぶやいた。飛行機は順調に高度をあげていった。チェックインが遅れたために5人シートの真ん中に座っている僕にはもう何も見えなかった。


 離陸の20分前、僕は手荷物チェックで再び捕まって荷物を全部出す羽目になっていた。当初預けてしまうつもりでいたバックパックの中に刃物が残っていたのだった。えー、はさみなんてしまってたかなー、ないよないない。見つかんなーい、これは白ワインでしょー、イェーガーマイスター(ドイツのシュナップス)でしょーと騒ぎ立てた挙げ句はさみとバターナイフを没収される。これで人殺せるとは僕は思わないとぶつぶつ文句をいいながら、空港職員に飲み過ぎないように注意されたりしながら。


 その10分前、僕は世界中で最も嫌われてる警察と言っても過言ではないドイツ警察のお世話になっていた。確かに僕のVISAは7/31を以て期限切れになっていた。だけど僕はこれから日本へ帰る人間だ。そのくらい見過ごしてくれてもいいだろうと思ったが、当然話にならなかった。僕はその場で不法滞在の罰金100ユーロ払いなさいと言われたが、残念ながらないんだよねーほらほら残り3ユーロ、これでいいかい?日本円もないよー無理無理とビール一杯分のほろ酔いに任せてまくしたて、代わりの書類にサインして、更に学生VISAが切れても旅行者として1週間くらい滞在できるんじゃねえのか、だいたい夏学期31まで目一杯あったんだぞ、帰れるわけないだろと文句を書類の裏に綴って、ほらほらもう飛行機が出ちゃうよと言ってその場をなんとか逃れた。それでもその文句を書かなかったら拘留されるところだったのだ。


 更にその30分前僕は4度目のチャレンジでようやくチェックインに成功し、バックパックの荷物番を頼んでいたドイツ人のおじいさんと握手を交わした。最初の段階で僕の荷物は20kgも重量オーバーしていて、とは言えそれを20kg減らすのも絶望的だし手荷物も1個だけ7kg以下までだからと念を押されていて四面楚歌に陥っていたのを打開する最終作戦として、チェックインの間その手荷物の重い方をその見ず知らずのおじいさんに託していたのだった。”Mr.Suitcase"の座からようやく解放された僕は、仕方なくその場に捨て去らなければならなくなった荷物の中からビールを取り出しそれを空けてしまうことに決めた。栓抜きもライターもなくて試行錯誤した挙げ句困っていると、それを遠目に見ていたらしいドイツ人の青年がやってきて親切にそれをライターで開けてくれた。僕は目の前で荷物のX線チェックをしていた係員のおじさんとその若者に乾杯の合図を送ってドイツ最後のAUGSTINERを楽しんだ。そして大量の思い出をゴミ箱に押しこんで。