急病人

あと一駅で帰宅だというのに無情にも電車は停車したままで、原因を告げるアナウンスがそれからしばらくして流れた。
「中ほど辺りの車両で急病人が出ました関係で停車しております。お急ぎの所ご迷惑をおかけしますがしばらくお待ちください。」
正直に言えば終電に近い時間帯でこの先特に乗換駅もない電車だったから誰も急いでないのだ。周囲を見てもみな大して気にとめていない様子だったが2人組みのサラリーマンらしき若い男づれの片方がよほど会話に困ったのか愚痴をこぼした。
「あーあ、やんなっちゃうよなー。急病人だってよ。何時だと思ってんだよ。」
僕は急病は時間を選べないだろなどと心の中で突っ込みを入れた。その時だった。
僕の目の前にいた巨漢の男が白目をむきながらこちらにのけぞってくるではないか。僕はどこの誰だか知りませんが突然そんなホラー顔をされても困りますと心 の中で思い、男は更にひねりを加えながら愚痴をこぼしていた2人組みにむかって背面飛びをするかのようにホラー顔をつきつけながらそのまま倒れた。
キャッという女性の小さな悲鳴が上がり一瞬周囲が凍りつく。2人組みのサラリーマンは巨漢の体重を受けとめたまま呆然とし、次に必死に冷静さを周囲に披露 しようとして、「と、とりあえず非常停止のボタン押した方がいいよ。」と言った。電車はすでに他の急病人の為に停車していたし、暗黙の了解でこの動かなく なってしまった巨漢をみんなで車外に運び出そうという雰囲気になったので、僕も足元にあるその特売で大根が3本くらい束ねられたような太い足に手をかけよ うとしたまさにその瞬間。男はむくっと起き上がり、
「ああ、すいません。気を失ってました。」と言った。
僕は確かに貴方は気を失ってましたよと思い、接触の悪い電源コードのことを考えた。
巨漢の男は親切な女性に席を譲ってもらって、「気を失ってましたか」とぶつぶつ言いながら席に座り状況を整理できずに混乱していた。直後に車内アナウンスが再び急病人発生の為停車の旨を告げたとき、僕はその男の耳元にささやいてみたい衝動に駆られた。
「急な話で残念ですが先ほどあなたは倒れてお亡くなりになり、貴方の生前の体は担ぎ出されて今ホームの上に横たわっていますよ。」