自己参照性

キャンチレバーは常識的に垂れるものであると知ってちょっと安心の金曜。実際にアラン・バーデンはみかんぐみとの仕事で垂れることを計算して15ミリキャンチの先端を上げておいたとか。


M1のアレグザンダー研究はなかなか興味深かった。個人的にはポストモダニストであると思っていた彼への解釈を修正。あくまで使うための論理とつくる論理とは別の次元にあって彼はモダニズムの論理展開を小さいスケールで行っただけに過ぎないのではないか。


先日のゼミで盛り上がった「自己参照性」という概念はデザインする人にとって最も興味深いツールになり得るんじゃないだろうか。西沢立衛案の切れまくった天津案を見て相当打ちひしがれた思いだったけど、あれもつまり例えば垂直のグリッドによって細かく分節されるというひとつのデザインルールに対してそのグリッドのスパンだけが変わったり、同じ平面を持ったものが積層するというデザインルールに対し階高だけが変わったり、というように加えられるルールが元のデザインルールに対し1:1で自己参照されるときにそれは非常に明快で萌えるんじゃないだろうか。パラメータの問題をやっと理解した。


でその立衛さんに感化されたうちの先生がうちも立衛みたいにコマ割にしようと言ったとか言わないとかを受けてまた「アトワンは砂漠に何を建てるのか論議」に。アレグの会で自分の価値観が一般的に受け入れられないと思ったら建築なんてやらない方がいいと言った彼の言葉だけが宙に浮く思い。