ヴァルス

crz_joe2004-07-24

スイスの東のクールという古都の、町を見下ろせる高台に立つ建物の下、わりと強く降る雨音で目を覚ます。斜面に立つが故に建物が持ち上げられていて、しかも下には落ち葉が残っていたので、これでビニールシートをしいたらふかふかで気持ち良く眠れそうだと思ったのだが起きてみると意外にも腰が痛い。
野宿ができそうな場所を探す視点で町を見るというのも新しい視野の獲得だろうかと無理矢理納得しつつ僕は再び列車に乗る。イランツで乗り換えて目指すはヴァルス。僕をスイスの旅へ足を向かせた最大のモチベーションだ。着いたのが9時で、聞くと開館までにはなんと2時間もあるという。谷には雲が下りていて雨も少し降っている。なぜかインフォメが開いていたのだけが救いで、僕はかくかくしかじかなんだけどこの辺でどこかいいところはないだろうかと聞いてみる。
勧められた通り僕は雨の高原を散歩に出ることにする。村を見下ろすと日本の古いそれにも似た古い木造の家々が立ち並ぶのが見える。面白いのは全ての家の屋根が石で葺いてあることで谷間を挟んで村の反対側の山には採石場らしきところも見える。なるほど、ツムトーも積んでみようという気になるわけだと思いながらひたすら雨の坂道をのぼる。傘を差さないので結構ぬれるけど、昨日の野宿も早朝雨中のハイキングも全ては温泉を満喫するためだと思うことにして、途中緑の斜面をかけあがるウサギに出会ったりするのを必要以上に楽しんでみたりした。
丘には全く同じデザインの小屋がポツポツとばらまかれていてかわいい。上っていくと雲の中に入ってしまったので僕は折り返すことにした。
小さくて本当に何もない村を軽く散歩して、時間になったので目的の場所へ向かう。入り口でいきなり写真は禁止ですといわれてがっかりするが、そんなことにはめげるまいと水着1枚でシャッターを切る。満足して風呂に浸かっていると僕が写真をとっていたのを見ていたらしいおじいさんが話しかけてきてしばらくの間一緒に風呂を回る。おじいさんはズューリッヒから50キロの町に住んでいてい週に1度はここを訪れるのだとか、この温泉は肌と間接にいいだとか、この建物の建設費は2600万CHFしたのだとかいろいろと教えてくれる。僕が丘に散らばっているあの小さな建物は何ですかと聞くと、羊や牛の放牧のための小屋だという。おじいさんは一緒に出て飯でも食わないかと言うので、いや僕は実は大変貧乏で昨日も野宿だったのだと言うと、おごってくれるとまで言ってくれたが僕はもう少し風呂を楽しみたいのだと言って断った。
建物は巨大な組積のボリュームの内部はそれぞれテーマの異なる小さな風呂になっていて、いわゆる小嶋さんの白黒状態の構成が楽しい。天井にスリットの入った構造は実はかなり単純で組積の壁にコンクリートの大きな天井がキャンチでのっかっているだけで、雨仕舞のディテールなどは安っぽささえ感じさせるシンプルさだったが、雨が漏っても誰も気付かないような施設だからこれでいいのだろう。
それにしてもライトアップの仕方など下手したらラブホにも近いキッチュさを持った空間が、この場所でこの構造でしか成立しないという事実がこの建築の絶妙な魅力になっていて、本当にきて良かったと思った。