建築業界の夜明けを想う

建築業界には上代、下代という特殊な価格設定のシステムがある。カタログに載せている金額=上代と、実際に売られる金額=下代は異なる。これは売る相手先によって上代に対する掛率が変わって下代が変わるという、建築独特の癒着体質によるものだ。


掛率が平均して8割くらいならとりたてて騒ぐことでもないが、下手すると3割くらいの値段で入ってくることもある。そうなるともはやカタログに載っている価格はなんなのか分からない。つまり一般の人がネットで検索してカタログを見れても値段は分からないのと同じである。実際値段を謳っていないカタログも数多くある。


今回出張に同行した建材メーカーの人は元々アパレル業界の人で、このシステムをかなり異常だと捉えていた。言われないと意外と気づかないがなるほどと思う。エンドユーザーのことを全く考えていないシステムである。


たとえば住宅を建てたいお施主さんに対して、フローリング材ひとつとっても、塩ビシートだといくらで、偽物のシート張りのフローリングだといくらくらいで、突き板を張った複合フローリングだといくらで、無垢材だといくらだという情報は一般のエンドユーザーのなかには全くない。


そういう知識が全くないで何が起こっているかというと、多くの人がいいものと悪いものの違いを何も知らないで、ざっくりとした坪単価なるもので住宅の価値を判断され、安いとよいものとどう違うのかも分からないまま、安いものに手を出しているということになっている。これは確かに異常だ。


こういうエンドユーザーを無視したシステムの中で、建築家は違いの分かる少数の人たちのみに理解され、大多数の人からは漠然とお金がかかるという理由で拒否される存在になっている。同時に違いの分かる人とでないと仕事はしないよ?という建築家的な体質もこの問題に蓋をしてきた。


設計する建築家にある程度のステータスがあった時代であれば、エンドユーザーが建築に詳しくなれないこの制度が、ある程度設計事務所の独断的な判断を容易にしてきたという側面もある。
しかし現状はそうじゃない。建築家の社会的な地位もさらにわかりにくくなっているし、情報があふれる時代の中でエンドユーザーも自分で正しい情報をコントロールして選択したいと思うようになってきている。


今回同行したメーカーではその分かりにくさを撤廃して、全て下代のみで価格を表記している。オプションの価格もきちんと明記されているし、カタログひとつを見ても非常に分かりやすいつくりになっている。小さなことだけれど、ここに建築を「復興」させられる力が埋まっているのではないかと思う。


欲を言えば、家を建てるためのゼクシィみたいなものがあればいい。大きい括りで言えば中古マンションを買って住むケースから、それを建築家にリノベーションしてもらうケース、土地ごと建売住宅を買うケース、土地を買ってハウスメーカーに注文住宅を頼むケースと建築家に頼むケース、建築家に頼む以外であればそれぞれだいたいの値段はざっと出せてしまう。


さらに工事種別ごとのざっくりとした括りがあって、たとえば仕上げ材壁材をボードペンキにする場合、クロスにする場合、合板塗装の場合、土壁の場合etc.だいたいの仕上げの値段が分かるようにできれば、建売住宅がなんで安いのかも分かるだろうし、エンドユーザー側に自分がどこにお金をかけたいと思うかの価値基準も形成されやすくなる。


ごく一般のユーザーがそういうことを分かることで、社会全体が建物を建てることの楽しさをもっと共有できるようになるんじゃないかと思うし、そこの基盤がちゃんと整えば、ハウスメーカーなり建築家なり建売のミニ開発をするディベロッパーなりが、それぞれどういう振る舞いをすればいいかも明確になり、それぞれの良さが引き立っていくはずなのだ。