電車男たち

久々終電の三田線、椅子に座って吉田修一の「春、バーニーズで」を読んでいると、前に立っていた女性が突然もんどり打って僕の足下に倒れた。一瞬車内の空気が凍り付くのが分かる。電車の中で人が倒れるのを目前で見るのはこれで三度目で、僕は周りより少し冷静なようだった。
女性が自力で立ち上がったのでみんな安心したのか心配して声をかける者はいなかった。僕はやれやれと思いながら本を閉じ、席を立って「座ってください。」と声をかけた。
女性は聞こえていないのか意識がないのか手すりに掴まってうなだれたまま座ろうとしない。僕は「席空いてますよ。」と無理矢理その女性を席に押し込めた。
神保町で新宿線に乗り換えると電車は異常に空いていて、僕は自分の横の座席にでっかい紙袋を5つも6つも乗せているおじいさんの横に座った。久々に田舎から都心に出てきたような人の良さそうなおじいさんだった。
電車が岩本町を過ぎて、車内に立つ人がちらほら見え始めると、おじいさんは紙袋をよっこいせと座席から自分の足下に下ろした。ところが荷物の目の前に立っていた人がなかなか座ろうとしない。おじいさんは「どうぞ座ってください」とその男に席をすすめた。30過ぎの若いサラリーマンだった。
彼の言葉を聞いておじいさんは悔しそうに自分の膝を叩いた。
「荷物おいといていいですよ。通路にある方が通れなくて邪魔だし。」
そう言ってその男はその場からも立ち去った。
僕は優しさについて考えた。
それを向ける特定なベクトルが今僕にはないから、
誰かに優しくしてあげたいと必要以上に思った。