坂本一成展@東工大百年記念館

自転車で大岡山まで。
展示のスケールと空間のスケールがすごくマッチしていて気持ちいい。
これは単にスケールだけの問題じゃないのかと、初期の住宅を見ながら思う。


坂本先生の建築はやっぱり俯瞰的な視点とはものすごく遠いところにあって
初期の住宅の手に届く範囲で隅々まで設計の行き届いた感じに対して、
熊本の小学校とかミュンヘンジードルングの一見形式的な感じにも
まったく形式性に対するこだわりとかは垣間見られなくて
わかりやすい形式性を踏襲することでまた設計を手に届く範囲に
収めているという感じがする。
それは最近の塚本先生のやり方を見ていてもやっぱり師匠と弟子なのだと思うところがあって、
表現されていくものは違ってもどこか世襲制のように踏襲されていくものこそ
文化だと呼ぶべきじゃあないかとふと思った。
政治にしろ演劇にしろ、成熟した社会の中でいろいろなものが世襲的になっていくことを
憂う気持ちも分からなくはないが、文化という側面からは喜ばしい。
まあ政治は文化じゃないし、いしだ壱世が浮気をして初めて浮気も文化と呼べるのかもしれないが
東工大の建築教育には文化がある。と思った。