表情と身体

内装や外装のディテールを決める段階になって
遠隔地でしかも中国で精度が全く期待できない状態で
なるべく物と物の納まりを避けていったら
どんどん化粧が毛羽立っていって
窓から外装の端部が見えたり
内装材の隙間に素地であるコンクリートが見えたりしてきて
そのとき僕がふと思ったのは
自分の表情ってその瞬間瞬間には見えていないはずなのに
なんとなく笑いながら今の自分の表情って分かるなということで
なんかこう頭の斜め左上くらいに自分の表情って
美化されてwいつもあるような気がして
インテリアにいながら外装がいつも意識できる空間て
そういうのに近いんじゃないかなと。


空間を認識する身体にとって
インテリアとエクステリアと分かれてしまうのではなくて
もっとインタラクティブに補完しあいながら
認識されていく建築になったら面白い。