完璧な一日


昨日。今年最後のクリティークの日。完璧な一日。ミュンヘンでは雪がどかどかと積もって僕の心に固まりつつあった雪はきれいに溶けた。
1週間前に遡る。先週のクリティークの翌日、末期症状のカップルのようにだらだらと続いていた相方とのパートナーシップは突然に破棄された。僕は一瞬スタジオを続ける意味を失ったような気がして途方に暮れかけた。しかしすぐにそれがチャンスであることに気づき、徹夜で新しいプランをつくりアシスタントにメールで送りつけた。紳士的かつ挑発的なメールだった。一度は拒否されたはずの風で動く建築のアイデアだったが、意外にもすんなりと受け入れられた。いやもしかすると拒否することが拒否されたと言った方が正しかったかもしれない。いずれにせよそれから3日間、僕は学部の3年生の頃のように夜も昼も働いて如何にその馬鹿げたアイデアにリアリティを与えられるかだけに執着して図面を描き続けた。そして昨日。朝9時から始まっていたクリティークに12時過ぎにプレゼンが間に合って僕は最後の発表者になった。タイミングが悪くてホールデンは何故かその場所にいなかった。あまりできの良くないアシスタントたちは面白いとは言うものの的はずれな質問を僕に投げかけ、僕は壁に貼ったプレゼンもそのままに三度失望しかけていた。
その夜、スタジオのクリスマスパーティーがあって僕はグリューワインというドイツでクリスマスの時期に必ず飲まれる暖かいサングリアみたいなワインを飲みながら友達と話していた。突然ホールデンが現れて僕を見つけるなり君のプレゼンを見れなくて申し訳なかったと話しかけてきた。僕はこれはチャンスだと思い彼とワイングラスと共にスタジオに戻って自分のアイデアについて話した。20棟の風でスピンする小さな寝室の繰り返される風景とイレギュラーな風の向きをコントロールするようにデザインされ配置される共有スペースのアイデアだった。彼は非常に興味を示してくれた。彼は貼ったままになっていたプレゼンを既に見ていてそれで僕に話しかけてきたようだった。僕はこれは貴方のところでしかディヴェロップできないアイデアで、これでないと僕がドイツに来た意味がないと話し、彼は僕はイギリス人だけどと笑った。僕は全ては風がデザインすると話し、日本人はデザインするしすぎることを嫌うのだと話した。僕は彼に建築をプロダクトのようにつくる姿勢は戦略的でないのかと聞いて、彼は意識したことがないと答えた。
パーティーに戻った僕にとってこれ以上によい酒のつまみはなかった。僕はいつの間にか仲が悪くなっていたアシスタントの一人とも和解した。驚いたことに彼は村上春樹のファンでダンスダンスダンスが彼のお気に入りだった。
飲み過ぎになる前に僕はホールデンや数人の友達にクリスマスと新年の挨拶を交わして大学を後にしトラムに乗って雪の積もった夜の街を眺めながら帰った。いつの間にか僕は寝ていて親切な若者がまだ降りなくていいのかいと僕を起こしてくれた。僕は彼に礼を言ってトラムを降り東京では決して踏むことの出来ない感触の雪を踏みしめながら寮へ帰った。気がつくと冬休みになっていた。